2014年12月3日水曜日

『奈良 春日原始林周遊』
H.26 11月30日(日)   記 K.M
今日は黄色のもみじ見たいと、滝坂道を歩くことにした。高畑界隈から歩き出し春日中学を過ぎ暫く進むと、うっそうとした木々が頭上に覆いかぶさる。周りは、たくさんのハイカーだ。やがて春日原始林の中へと、右に小川が流れ静寂な空気に包まれる。この『春日原始林』は250haあり、標高498m、春日大社の神山として太古の昔から狩猟や植物の伐採が禁止されており、6000年前から変わらない森は精気に満ち溢れている。 
                                                     


老若男女の中をはハイスピードですり抜け、少し汗ばんできた頃、「妙見宮」 5丁の丁石。
何かの縁とそちらへ向かう。
この「妙見宮」は日蓮大聖人が奈良に遊学されたのを記に開祖され由。 
急階段の上にお堂が見え、さらに上に登ると
「報恩閣」のお堂に着き、「何妙法蓮華経」と手を合わせる。(誰かさんの病祓いを願う)

急階段下のもみじはなんと見事な紅葉か!!
黄色黄緑そして青空
(左の写真)
元の滝坂道に戻り、歩き出すと今度は期待以上の黄色のもみじこれ古来からの黄葉だ!!
なんと落ち着きのある見事さ、か
遊歩道も黄色のじゅうたんだ。

暫く、進むと「夕日観音」そして
「朝日観音」、高円山からの朝日
を一番に浴びるらしい。これは夕日観音
(朝日観音はカメラに上手く・・・・・。)
やがて、荒木又衛門の試切り地蔵へ。
(首の所が切れている。)

さらに登り続けて、ようやく、「峠の茶屋」
いつもは、わらびもちを頂くのだが、売り切れで、、きつねうどん。(これしか無い)
おでん はあった。先客は4人


峠の茶屋の前をさらに行くと茶畑に出、左は円城寺へ、さらに行くと柳生の里
右はゴルフ場を経て田原の里へ抜けると思う。(随分前の事で定かではない)

ここまで来たなら、原始林周遊と「鶯滝」へ向かう。ここより3km弱か?
鶯の滝には先客1人、三脚を立ててい
る。すぐに4人来られる。 10m位の滝だが見事だ。(滝の音が鶯の鳴き声に聞こえるらしい)
滝を後に「若草山」へ。黄色のもみじがたくさん色づいてきれいだ。原始林には直径1mくらいの大杉がいっぱいある

ほどなく若草山。三重めの頂上には100m余の前方後円墳があり、清少納言が「鶯塚」と書い
た事よりその名がついたとか。

駆け足で若草山(三笠山)を下り春日神社へ。さすがに綺麗な紅葉だ(右の写真) ⇒  ⇒  ⇒
そして高畑に戻り、周遊は完了。

志賀直哉旧居の隣の茶論へ。画家のN.Kさんの画廊兼居宅だ。   昔、娘が幼稚園の時から高校までご教授頂いた旧知の方だ。
コーヒーを飲んで帰る時、呼びとめられてから40分くらいも話し込んでいたろうか? 長居をしてしまった

今日は黄色のもみじに堪能し、市街地に近いのが幸いしたのか原生林の周遊もできた。天気も最高!!
気分爽快な一日が過ごせた。 幸せである。

余談  今日の当初予定は『一言さん』に一つ願い事をする
     積もりだったが、財布、免許証を忘れる大チョンボ
     でお賽銭も上げられず、とんぼがえりとあいなった。
     しかし、樹齢1200年の大銀杏の素晴らしい黄色
     に刺激され、黄色のもみじを見たくなり、再度、奈良
     へ出かけたしだいである。
     この大銀杏は幹に空洞ができ、折れて倒れると危     
     険なため、幹を切ったとの事。それでも見事に紅葉
     している。まだまだ、もっともっと長生きして欲しい


2014年10月7日火曜日

『秋の大峰散策』
H26. 10月4日  記 K.M
紀伊半島の背梁をなす台高山系と大峰山系、どちらも学生時代から度々訪れた山だが、とりわけ大峰は最近の私にとって身近な山となっている。吉野から本宮大社への奥駆道は我が国の登山発祥の地であり、役小角の開山以来1350年以上の歴史を誇り、史実や伝承も多くたくさんの方々に愛され続けている。 

AM 8:00   登山開始(トンネル西口)
             
登り口の木橋のすぐ近くで、2匹のイワナを初発見!  カメラを構えるが残念。

急登道では汗をかきながら必死に登るが縦走路の尾根道は冷風が吹き寒い。

今年は秋の訪れが早いのか石休宿近辺のとりかぶと花がほんの少しだ。      
弁天の森下りの紅葉がとてもきれいだ!
                          

左の写真は弁天の森下り途中
より八経岳を望む

弥山の登りの木の階段下で見つけた大山れんげの若木8本。5年前には成木があり花も咲かせていた。今度この下近辺をよーく探してみようと思う。

左は9月神野山のツルりんどう
右は今日のツルりんどうの実

途中の見晴良好な場所」からは
大台の山並みが望めたが左側より大きな雲海が押し寄せてきている。(左下の写真)

今日は晴れてはいるがかんかん照りではない。どうやら雲の上にいるようだ。
八経ヶ岳より釈迦岳方面を望む
こちらは右より雲海がやってきている。
ここの「ななかまど」が赤く染まっているかと期待してきたが、被写体にならず残念だ。

15:10   無事の下山となる。

今日は夕刻より約束があり、早々の登山ではあったが、色々楽しめた。ちょっと残念な事もあり、又今後の課題も見つかりかなり有意義な山行であった。
それにつけても体の老体化を自覚することも多々あったが、に赤いきれいな桜の葉っぱをいくつも拾い集めて土産にする年なんだから仕方ないのかとも思ったりした今日の楽しい一日だった!!!

                     



                    




               
 

2014年9月20日土曜日

山に遊ぶ
『神野山』に夏の夜空の大三角形を見る
H26.9月15日 参加 3名   K.H   H.O    K.M 記事 
神野山は大和高原の中央部に位置し、なだらかな円錐形の山容をしています。昔より神の山として崇められ、今は庶民の憩いの山として、老若男女子供達にも親しまれています。
  コース  JR関西線王寺駅9:30--名阪道路ーー小倉インターーー羊毛館駐車場ーー
        神の山山頂ーー散策ーー神の寺--山頂・王塚(昼食)--天狗岩--竜王岩ー
        --鍋倉渓--めいめい牧場ーー八畳岩ーー駐車場 (下山)
10:40   登山開始 途中、北斗岩
     に立ち寄り又登る
 
11:05    山頂着 楽々コース

展望台があり、360度大和の山が見え気分爽快!山頂周辺は秋の花がいっぱい。ささ栗まで。
2~7人程のグループがかなり。


 
                       
11:25   神野寺へ向かう。
 
ご住職かな?ノミで小さな傘
奥様は草木染の材料に苔を手入れされていた。庭の花の名前、おみなえし、しゅうめい菊、しゅうかいどう等教わる。
 
11:50   再度、山頂へ戻る。

12:05   休憩所にて昼食
前で姉弟が戯れ、向こうでは親子がボール遊び。少し上には3人組みが散策。色んな楽しみが。

山上にはこんもりした王塚があり、古墳の気配だ。これが、夏の夜空の大三角形の主役の一つ、
白鳥座のデネブとの交信所、古代祭祀なのだとか。 ⇒

12:35    秋の気配を充分に味わい次の、七夕の主役へ

12:50    天狗岩 着 わし座のアルタイルと呼ばれている。
     彦星なのだ。 横の大岩に記されて窪んでいる。

そして、次に目指すは琴座のベガだ。足も軽やか道標に従い、目をさらのようにして探す。歩けど行けども見当たらず。
この大岩かと思いきや、竜王岩だった。 貰った案内地図を再度見直すも分からず。 仕方なく、天上の天の川に見立てている鍋倉渓を下ることにする。この渓谷には見えな

が、伏流水が流れ、その流れの音だけが聞こえる。(学術的にも貴重とか)

14:20    全く元のめえめえ牧場に
     戻り、管理人に尋ねる。

再度振出からベガを求めて探し回る。道なき道も乗り越え、山中を。
ようやっと見つけた!!!道が一本違っていた。案内地図もおかしい?
苦労と根性で見つけた琴姫さま!!年に一度しか逢えないのだから
簡単にはいかなくて当然だった。
                   

                           
天狗岩 ことアルタイル     これが八畳岩
「彦星」だ。            琴座のベガこと
                    「織姫星」
 夏の夜空、天の川の向こうに見えるお互いの
 恋しい思い人に出逢えて、何を思い感じたで
 しょう!?・・・・・なんと ロマンチック!

天上の物語を地上に映し出したこの「神野山」
正にがかりではないか。

今回の山行は楽チンコースながら、夢ある思い出多い楽しい遊びであった
今度は孫たちと訪れ遊んでみたい気持ちになった。「神野山」は誰にでも親しまれ愛される山だ!



                   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 







     





                          
                                  
 
                              
                           
              
 

2014年7月27日日曜日

海山里に遊ぶ


 

山に遊ぶ № 3  『屯鶴峰から二上山へ』
H26.7月20日(日)   K.M
AM 9:15 自宅を出どんづるぼう』へ向かう。 9:35  到着。 ここは小さい頃から何度も遊んだ。
みんなで、山を登り、谷へ下り、洞窟(地下道)を松明かざしてよく探検した思い出が甦る。
二十歳過ぎには、M新聞社のハイキングラリー「二上山から屯鶴峰、上太子へ」を企画し、無事終えた事も思い出す。もう、と~遠い昔の事だ。
時間に余裕があるのでしばし散策し、石器時代に使われた包丁、ナイフ、矢じり等の原石、サヌカイトや黒曜石を探してみた。

11:00   OK大OB「てくてく」の会に特別参加し、
     奇妙な名前のここで合流する。挨拶。
この名の由来は、たくさんのが羽を広げて屯(たむろ)して、あたり一面白く見えるからとか。

11:30   ダイヤモンドトレイル入り口、総勢9名
小休止しの後、元気に登山開始。
最初は元気ハツラツ、しかし段々登るにつれ二度、三度と登り下りを繰り返すたびに、少しずつ遅れだす方 あり、30分くらいで小休止となる。


12:15   上ノ太子へ下山分岐 皆の体調
     暑さを検討し、下山となる。私は
     このまま予定コース続行とする。

12:40    尾根道、水場コース分岐 着
     勿論、水場コースを取る。

13:10   水呑み場着 昼食とする。
これより20m手前で見つけた、かわいい物二つ。 ⇒石ころ⇒⇒
     
石器時代に矢じりや包丁の原石として使われた「サヌカイト、又は
黒曜石」。 右端の小さい、2個

13:25   再び、出発

13:45   馬ノ背峠 着 小休止

1405   二上山雌岳 着
    雌岳頂上の大日時計
    気温 27度
1415  雄岳に向け、出発(小雨)

14:28  雄岳 着  こんなに広い
    頂上だったか?と戸惑う。
    懐かしい、大津の皇子の
    御陵だ。   ⇒ ⇒ ⇒
14:40  下山とする。(小雨?雷)
これまでの登山道はよく整備されており、道に迷う事はない。近鉄二上駅に向け快適に下る。又林道は涼しく気持ちよい空気が充満していると思えた。小雨雷も鳴っているが、雨具の必要はない。

15:30   無事 下山。下山報告の電話も入れる。   15:45   近鉄二上駅 到着。

今回の山行では、OK大OBの皆様のお蔭で懐かしい所、物、山、空気、思い出に浸る事ができ、非常に楽しく一日を過ごせた事、感謝致しております。又お逢いできる日を楽しみに致します。








    
           

2014年5月11日日曜日

忠義の人、片岡八郎(利一)公を偲び

里に遊ぶ  № 10
『黒木御所と花折塚』
H,26.5月11日  記 K.M
9日夜尾鷲に走る。いつもの磯にAM.2時半到着、竿を出す。大鯖、イサキ、グレ各2匹、たいした釣果ではないが8時半に納竿。崖を山を登り、下り9時半に港に帰着。十津川に向け10時出発。
途中、七色ダム、奥瀞(筏下り、ジャバラで有名)を抜け花折塚に12時過ぎに到着。
←瀞峡といかだ     花折塚入り口⇒ 
持参の花、線香、ロウソク、サクランボ、
実家の水をお供えし、手を合わせる。
地元の方がいつも雑草を刈り、綺麗に保っていて下さりありがたく感謝である。

この地は、片岡八郎公が護良(もりなが)親王をお守りするため戦死した所だ。  
 
後年、この墓前を通る人々が、八郎公忠義な心を偲、山中の花を手折って備えたので折華塚、後に花折塚と呼ばれた。
右の石楠花の大木が倒れ、根っこが完全に浮き上がっていた。支えにした木を挟みこんでいる。奇跡の枝だ。支えの木が抜けそうで、死ぬと思い抱きついた。
今ではピンクの花を見事に咲か
せるほどになった。
後、一週間ほどで満開になりそうだ。

一時間余りの滞在で別れを告げた。

次に、ホン石楠花満開の玉置神社へ。

杉の大木が林立し、樹齢3000年以上も。

  
          
           去年、日没後となり、
断念し、再度の訪れ

となる黒木御所へ走る。

谷瀬の吊り橋

全長297m高さ
54m日本一長い。強い横風を受け、怖いながらも渡りきらねば目的地に辿りつけない。

この地は、護良親王が赤坂城から高野山、由良、切目、 十津川へと、9人の共と逃れられた時に立ち寄られた所である。郷の戸野兵衛、竹原八郎入道らの力でここを黒木御所とされた。

今まで南朝縁の地をシリーズで訪れたのは、10年前に亡くなった父に、今後も「花折塚にお参りする」との約束だから。

片岡八郎公は片岡の里(王寺町)の人で私の祖先はそのゆかりの端の端だったようである。
今なお、片岡会として活動しておられる由。

これで、私の南朝シリーズは一段落とし、今後は特別にこだわらない事としたい。しかし、何度も訪れたい地はある。その時はその時とし、今後も里、山を中心に見聞を広めたいと考えている。

2014年3月18日火曜日

里に遊ぶ  № 9
メバルに嫌われ『龍泉寺』
H26.3月15日  K.M
春の魚、メバルを狙って出かけたが期待外れ、早々に切り上げ、「龍泉寺」に向かう。
「龍泉寺」へは、上北山村・河合より東北に進み小橡(ことち)に向かう。10分程で到着。
長く立派な橋を渡る。川にはアマゴが泳ぐ。

庭園に、人影なく勝手に見学し、小さな祠の鐘
カ~ン。 お堂の中から女性が、扉や窓を開け放ち、「どーぞ中へ、お堂に上がり拝観を」と突如現れた。
『自天皇』の話をすると、「どうぞお線香を上げて下さいと」、火を付けて下さった。
御霊前はおごそか静寂、おのずと頭が下がる。
宝物の「刀剣」など祀られている。
しばらく堂内をゆっくり見学させて頂く。
                                        




上の写真 五葉松の大木後方『自天皇御陵』

「お茶をどうぞ」の声に振り向くと、机の上には
『おうすだんご、お菓子など並べられている。
思いがけない「おうす」に、ただただ感激する。
「山里のおもてなし」の神髄を目の当たりに。
心に染み入るありがたい柔らかな味だった。

その後、失礼する時も、長い橋を渡り、車を発車した時も頭を丁寧に下げてお見送り下さった。なんと、嬉しい事か!!頭が下がった。

ここからさらに奥の小処温泉へ向かった。

途中に大台ケ原への分岐を右に橋をわたりどんどん奥へ登ると、やっと到着。温泉だ!

万事休す。休館で温泉に入れない、残念だ!

少し先に、いい滝があるらしい。行ってみる。



「くらがり又の滝」
と言う



なるほど、狭い支流の奥まった所に落ち込んでいる。
5段くらいの段々滝で落差、50m以上あるらしい。
なかなかいい滝だ。
我々の直ぐ後に5人やって来て盛んに川を覗き込んでいる。 明日16日に「アマゴ漁」の解禁になる由。

今日一日、残念な事、嬉しくって感激した事、ちょっと無念だった事、いい滝に出会った事、順繰りに色々あった。
これからの人生もこんな事の繰り返しかなあ!と、思う。

苦しくとも、頑張りぬけば、素晴らしいいい事がやってくると信じて、家族や友と助け合って一日、一ヶ月、一年、・・・・・?と命の限り生き抜こうと思う
























 




  
                    



2014年2月9日日曜日

後南朝を偲んで

里に遊ぶ  № 8
『金剛寺・朝拝式』
H26.2月5日   K.M
今日は、後南朝最後の指導者「自天皇」を偲ぶ『朝拝式』見学のため川上村神之谷 「金剛寺」へ車を走らせる。同行者はJWV関西のT.T氏だ。 
8;50 関西線王寺駅を出発   10:10 金剛寺に到着  すぐに受付を済ませ、階上の式場へ。
                     
 つい先ほど始まったばかりだ。

1457年12月2日、大雪の深夜
赤松浪人30数名が二手に分かれ両宮を襲い、自天皇の首と神璽を持ち去る。それを郷士が奪い返えし
この地に手厚くほおむり、生前を偲んで種々の行事を行った。

『朝拝式』は尊秀王(自天皇)
忠義王、両ご兄弟への哀惜の念から、之公御所毎年2月5日執行されていた新年の拝賀の儀式の折、高御座での嬉しそうな笑顔が忘れられず、この儀式を郷士らが相談、再現との由。

各代表が麻裃に威儀を正し、口に榊(?)の葉をくわえ、玉串奉奠、拝賀。 
          厳粛そのものだ!                  

                  
                        続いて、『御陵参拝の儀』

    御陵前『しのび文奉誦』
  
我々も御代表の後に続きに参拝する。

その後、記念撮影、『当拝殿の儀』
『由来記奉読』・「南帝自天親王  川上郷御寶物由来」では詳しく歴史の説明あり(古語で)、理解が深まった。

今日の朝拝式を見学、参加させて頂き川上郷の方々が後南朝自天皇、忠義王をどれだけ親しく、深く愛され続けられたか心底判った。 500年以上も毎年続けられている。


 左の 欅の大木はこの長い歴史の生き証人であろう。
右下の写真は、川上郷士が赤松浪人と戦い、自天皇お首 
と神璽を取り戻した場所である。(川上村寺尾)

     『南朝、最後の古戦場』でもある。

今日は非常に有意義に過ごせ、良かった。