『山の辺の道』を行く №ー1
H27.6月13日
日本最古の道、飛鳥(藤原京)から奈良に向かい約2Kmの等間隔で南北に伸びる、上ツ道、中ツ道、下ツ道。そして山の辺の道を加え大和の古道と呼ばれている。歴史を伝える文化遺産が今も息づき又守られてきた。二千年もの時の流れに磨かれたこの地にしかない風景と文化はなお未来へと続いていく道だ。 この地を訪れた人は言う。「初めて歩くのにどこか懐かしい。」 「何度も歩いているのに新しい発見がある。」 と。の出発地であり、帰りは難波から
大和川、初瀬川と遡りこの港に上陸し第一歩を刻む。
仏教伝来の最初の地となる。又
人々、物資、情報の交流地となり市が栄える。
暫く進むと「金屋の石仏」に着く。
つばい観音、平等寺を経て、やがて、大神神社境内に入る。
ささゆりの栽培地を見学。
6月17日奈良の率川(いさがわ)神社でササユリ祭りが催される。
この大神神社で栽培された約700本のササユリが奉納される。
境内を散策しつつ檜原神社へ。
ここでは、砂鉄や鉱石から『火』と『水』を使い徐々に約1年かけて刀に仕上げていく過程がよく分かる。「火と水と鍛錬の芸術」だ。
いかにも山の辺の道らしい小道を歩き檜原神社へ。
「元伊勢」とよばれる由縁の説明看板を読み、参拝。
伊勢神宮に天照大神が祀られる以前はこの地がそうであった。
「やまと姫」(日本武尊の伯母)がこの地より、良き地を探し周り、伊勢の五十鈴川に来た時に「ここにいようと思う」と天照大神が仰せになったとか。
檜原神社前の道を西へ進み池の向こう中央の箸墓古墳へ向かう。
随分大きな濠、古墳だ。1週した。
大物主の妻で「倭とと日百襲姫命」(やまとととひももそひめのみこと)のご陵だ。
一説に「卑弥呼」の墓説もあり。
山の辺の道には、道標もよく整備され、各所に「万葉歌」も刻まれている。
右は、額田王の歌が大石に。
田舎道を軽快な足取りであっちこっち見渡しながら、野辺の草花を愛でながら。
やがて、巨大濠に囲まれた古墳に着く。
暑くて歩き疲れたので卑弥呼庵で一休みする。
冷た~い コーヒーを頂く。
なんと、ご主人が趣味で仲間と作った見事な「炭」が色々飾られている。
ひょうたん、竹、等。
再度、足取り軽く「崇神天皇御陵」へ。 とてつもなくすごく大きな濠(三段に)に囲れ、立派だ。この御陵も一回りした。
これより、北西の「黒塚古墳」へ
H9,10年2か年かけて発掘調査が行われ、後円部で長大な竪穴式石室が現れ、33面の三角縁神獣鏡(直径22cm,1kg)他たくさんの副葬品も発掘された。
じっくり見学したいが・・・。
日本最古の「鐘楼門」であり、弘法大師創建当初の唯一の美しい建物である。花の寺でも有名。
ご本尊の阿弥陀如来は西方のかなた十万億土に極楽世界を開き、末法の世に生まれた私達をお救い下さる仏さまである。
「萱生(かよう)環濠集落を経、大和神社御旅所へ。
『大和神社』に到着だ。
あの「戦艦大和」が守護神として御分霊を祀っていた。
897年12月には神階における頂点の正一位になる。
今日はAM8時に桜井を出発し様々な名所旧跡を巡り歩いたがPM5時20分を持って時間切れとなり最寄の長柄駅に向かう。よく歩き、よく遊べて幸せな一日を過ごせた。 今日も感 謝!!!
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